あらすじ
貧困家庭からスリの一味に加わる少年を描く『モサ』、まさかの発明品が世界を黒く染め上げる突飛なSF『あるインクの話』、古き良き自然と人間の欲望の対比を描く『螢三七子』の3作を収録。悲しさも楽しさも凝縮された、ちばてつやの名作集です。
Release date 2016. 11
貧困家庭からスリの一味に加わる少年を描く『モサ』、まさかの発明品が世界を黒く染め上げる突飛なSF『あるインクの話』、古き良き自然と人間の欲望の対比を描く『螢三七子』の3作を収録。悲しさも楽しさも凝縮された、ちばてつやの名作集です。

『モサ』──血は争えない…誰も、幸せにならない話
雨の日でも早朝から牛乳配達をして家計を支え、同じアパートの住人には元気に挨拶し、母を困らせるなと弟を諫める……一方で、けんかっ早く、口より先に手が出る一面も。そんな乱暴さと優しさを持つ少年・良が手を出したのは、クラスメイトのお金でした。弟の給食費を出すため、母を困らせないようにするためです。しかし、そんな事情も聞かずに良に手を上げる父。4年ぶりの再会早々に「ひとのものに手をだすなんて…!」「ひとの金をぬすむなんてっ」と鬼のような形相で殴る姿に、“まさか”の伏線が隠されていたとは、誰が思ったでしょうか。
「ボン」と呼ばれるようになった少年は、家族といた日常から遠ざかっていきます。古びたアパートの部屋、新聞配達の早朝の空気、学校とクラスメイト。給食費も満足に支払えない貧困家庭の息子ではなくボンとなった彼は、徐々にスリの才能を開花させていきます。しかし、この世界でも次々に失われていく仲間たち。友達と離れ、家族と離れ、そして仲間とも離れつつあったボンに、救いはあるのでしょうか。
高度経済成長の真っ只中、その恩恵から取り残された家庭がまだ無数に存在した時代。淡々と“日常”として描かれたこの一作を、ぜひ目に焼き付けてください。

『あるインクの話』──SFコメディに垣間見える、妙にリアルな恐ろしさ
熱く、泥臭い少年マンガを描くちばてつやからはイメージし難いSF作品です。次々と周囲のものに伝染していくインク──シュールな設定ですが、読んでいるうちにじわじわと「これは笑い話なのか?」という感覚に陥るでしょう。
意図せず広がっていくインクと、止める手段が見つからず制御不能な発明。それは、人間の欲望が暴走したときの恐怖を表しているのではないでしょうか。たとえば、現代のSNS上での炎上です。他にも、承認欲求から来る迷惑行為、快適さを追及した環境破壊と資源の枯渇、富の集中化による格差拡大など、挙げればきりがありません。こうした欲望が暴走し、まるでブラックホールのようなエネルギーを持って個人や社会をも飲み込んでいくようすは、すべてを塗りつぶすインクのようです。
インクを発明したIQの高い彼は、善意か好奇心か、あるいは名声や利益を夢見ていたのでしょう。しかし、その発明は彼の意図とは無関係に世界を侵食していきます。誰もが一度は夢見たことがある「発明家」「天才少年」への憧れを逆手に取るような構造がここにはあります。
何かを作り出すことへの純粋な喜びと、それが制御を失ったときの悲喜劇。SFコメディとして笑い飛ばせる一方、少し立ち止まってしまうような、心に何か引っかかるような感覚をお楽しみください。

『螢三七子』──自然と人間、残酷な現実の対比
日吉瀬町の勝ち気な女性・三七子と、日吉瀬で昔味わったイモ焼酎の味が忘れられない酒好きな青年・浩。大きな製紙工場が造られ、村から町へと発展する日吉瀬で彼女が守っていたのは、蛍でした。
本作が世に登場した1972年は、高度経済成長の影響を受け日本各地で公害が発生。経済成長の裏で起こっていた環境破壊を憂うちばてつやは、必死に蛍を守ろうとした三七子に自身を投影しているのかもしれません。
『螢三七子』において、蛍は単なる小道具ではありません。蛍は三七子の魂そのものであり、亡くなった兄そのもの、彼女が守ろうとしているものの象徴です。蛍を死に物狂いで、たった一人きりで長年守ってきた三七子。“大切な存在”が失われることへの恐れと、それでも消えない光への信頼を体現していると言えます。
「にいちゃん・・・・!」
蛍の淡くはかない光は、三七子自身の希望、亡くなった兄の命です。ハッピーエンドでもバッドエンドでもない本作を読み終えた後、明確な感想を言葉にしづらい余韻が生まれるでしょう。悲しみ、優しさ、やるせなさ──複雑な感情が混ざり合い、心の中で長く反芻されるはず。一度読んだだけでは消化しきれず、時間をおいて再び読みたくなる本作の魅力を、ぜひ感じてみてください。

ちばてつや短編集
少年マンガ編 1巻
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